生涯現役のスマイリストでいられるまちづくり:「いばらきみまもりあい推進ネットワーク」アドバイザー 上野友之先生

超高齢社会では、高齢者の5人に1人が認知症を発症すると言われ、認知症は誰もが関わる可能性のある病気です。認知症になっても、住み慣れた地域で暮らし続けたいと望む人は多いでしょう。JA茨城県厚生連・茨城西南医療センター病院の上野友之先生は「診断がレッテルになってはいけない。“生涯現役のスマイリストでいられるまちづくり”が大切」と語ります。上野先生に認知症との向き合い方や地域コミュニティの活動について伺いました。

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ますます高まる「もの忘れ外来」のニーズ

―はじめに、上野先生のご専門について教えてください。

上野 私自身は神経内科とリハビリテーション科が専門で、2つの専門医としてやっています。神経内科は、神経に病気のある患者さんや脳梗塞・脳卒中系の患者さんを外来と入院を含めて対応しており、その中に認知症が含まれてくるという形です。
リハビリテーション科では、外来や入院でのリハビリテーションの依頼を受け、どういったリハビリをするかなどを統括しています。
リハビリテーション科では、小児脳性麻痺のお子さんから高齢者まで幅広く対応しています。その中で、脳性麻痺で移動が難しい方には車椅子を作成したり、装具を作ったりといった活動支援もしています。

―先生は「もの忘れ外来」も担当されていらっしゃいますね。

上野 最近特に増えているのが認知症の相談で、当院では4年ほど前から「もの忘れ外来」という認知症に特化した外来の枠を設けました。
物忘れだったり、それに起因する生活の中での困りごとに関して、非常に幅広い相談が寄せられます。必ずしもご本人が困っていないことも多いのですが、ご本人やご家族の方が困っていることを医療的に相談したい時の窓口になっています。
軽い物忘れなのか、病気として認知症の初期の段階なのかが不安になって受診される方もいますし、認知症のステージとしてはかなり進行していて、家で過ごすことが困難になり今後の生活をどう考えていけばいいか、という切実な相談で来られる方もいます。

―認知症の診断はどのようにされるのでしょうか。

上野 ある一定の値を超えたら認知症と診断するわけではないんです。ざっくり言うと、日常生活において認知機能の低下が生活に支障をきたしている状態を認知症というので、物忘れはあるがそこまで困っていないという前段階もあるし、日常生活が社会的に高い水準で求められる人にとっては、ちょっとした物忘れでもこれまでの生活が成り立たないという場合もあります。日常生活で求められるレベルは人それぞれなので、一律にこの点数だから認知症と決まるわけではないという難しさがあります。

また、認知症と診断をつけることで、例えば認知症だからと一人での散歩を止められたり、火は危ないから料理をさせてもらえなくなる…ということが起きたら、認知症の診断をすることが逆にマイナスになってしまいます。
実際、遠くまで出かけて迷子になったという人が、毎回徘徊しているわけではなくて、普段の散歩をしている中で、たまたま何かのきっかけでルートを外してしまい帰れなくなったということもあります。ちょっとしたかけ違いはいつ起こるか予想できませんし、何も起こらないことの方が多いのです。
そこはご家族や周りの人も認知症に対する正しい理解が必要な部分です。本人のやりたいことが制限されず、希望通りの生活を送るためには、社会的な背景の基盤をどのように整えたらいいか…ということにもつながっていくと思います。

困りごとの解決策を一緒に探し、考える

―診察の際に大切にされていることをお聞かせください。

上野 もの忘れ外来では、認知症かどうかや病気のタイプに関わらず、患者さんやご家族が抱えている困りごとを把握して、一緒に解決策を考えることを心がけています。診断をつけることも非常に大事なことで、認知症の原因を様々な検査で明らかにし、今後について見通しも含めてしっかり説明する責任があります。
しかしそこだけではなく、どんなことで困っているのか、どうしたら認知症があっても生き生きと過ごせるか、看護師やソーシャルワーカーと一緒に解決しようと取り組んでいます。

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―「みまもりあいアプリ」を使った体験イベントをされたこともあるそうですね。

上野 当院に来る前の話になりますが、私が主宰している「医療と介護と福祉でつながる会@つくば」というコミュニティで、5年前に「つくばスローマーケット」に参加した際に「みまもりあいアプリ」を使った体験を行いました。参加者にアプリをダウンロードしてもらい、会場内のテナントの店主さんを探す形で、アプリを体験してもらいました。

イベントの参加者は若い方が多かったので、実際にアプリを利用する当事者に近いところまで届いたかという難しさはありました。一方で、小さい子供が行方不明になった場合でもアプリは使えるので、高齢者に限らず、お子さん連れにもアプリのニーズは高いと思っています。イベントに参加した子供たちは楽しそうにアプリを操作していました。

―そもそも「みまもりあいプロジェクト」はどのようにして知ったのでしょうか。「医療と介護と福祉でつながる会」についても併せて教えてください。

上野 同会は、医療関係者だけでなく、介護福祉や行政に関わる人、当事者の方、一般市民、車椅子ユーザーなど、様々な人たちがフラットな目線で集まり、医療介護福祉に関わるいろんな問題について対話するコミュニティです。当初は私の知り合いを中心に20人くらいで始まりましたが、そこからだんだん広がって東京や北海道から来てくれる人もいます。先日の回には60人以上の参加がありました。

私自身、外来患者さんの困りごとを聞く中で、病院の中だけでは解決できない問題がたくさんあると感じていました。認知症になったら病院に来ますが、元気な時は皆さんどんな思いを持っているのか、元気な人と関わる機会がなかなかないので知りたくても分からないということがありました。私だけではなく、皆さんが抱えている「もやもや」っとしたものを誰かと話せて、一緒に社会課題の解決の糸口を探せないかーということで始まった会です。なので「もやもやをかたちに」という副題がついています。

年4回のイベントでは毎回ゲストをお呼びして、テーマを設けてディスカッション形式で行っているのですが、その中で認知症の話題がちょくちょく出ていました。認知症になった時に、徘徊しちゃうから外に出てはいけませんというのは必ずしもベストな解決策ではないよね、ではどうしたらいいか? 家族だけではなく、街全体で見守れる形ができたら、認知症の人も安心して外に出かけていけるのではないかと。
それならば、つくばにも見守り合いのプラットホームをつくったらいいのでは?という提案があったところ、会の参加者で「みまもりあいプロジェクト」とつながりのある方がいてご紹介いただいたという流れでした。

生涯現役のスマイリストを目指して

―認知症への関心は高まっていますが、私たちはどう向き合っていったらいいでしょうか。

上野 認知症の話題が本当に多くなっている中、認知症の診断がレッテルになってはいけません。「認知症の○○さん」という話になりがちですが、その人自身の根っこのところは変わりません。認知症の部分ではなく、その人が楽しめることに目を向けてほしいと思います。
家族が認知症をカミングアウトできず、一人で支え苦労されている方も、偏見がなくなれば助けを呼びやすくなり孤立も防げます。認知症への正しい理解が進むことを願っています。

―生き生きと暮らし続けるために、どんなことを大切にしたらいいでしょうか。

上野 私自身が医師や会の活動などをやっていく中で、テーマにしていることが「生涯現役のスマイリストでいられるまちづくり」です。スマイリストは勝手に作った言葉ですが、スマイル(笑顔)の人を“スマイリスト”と呼んでいます。

「生涯現役社会」「現役100年」と言われますが、現役とはどういう状況を指すのかが分かりにくいと感じていました。そこで、人が生まれて一番最初の社会とのコミュニケーションは何かと考えた時、私は笑顔かなと思って。赤ちゃんは言葉がなくても笑顔でコミュニケーションを始めます。認知症になっても笑顔は大切で、笑顔は他者との関わりの中で生まれ、伝播していきます。そこで、「生涯現役で笑顔でいられる」ことをテーマにしました。

そうすると、当事者や家族の介助者、関わるケア職の人たちがみんな笑顔でいられるためには、社会がどうやって支援していったらいいか?を考えることになりますし、認知症に対する啓蒙も必要になってきます。

―「いばらきみまもりあいプロジェクト」では認知症に対する理解促進や、アプリを使った見守り合える地域づくりに取り組んでいます。プロジェクトへの期待などありましたらお聞かせください。

上野 生涯現役のスマイリストでいられるためには、というところにフォーカスして、認知症の人たちが幸せに過ごせることを広くアピールしていきたいと思いますし、例えば認知症の人でも笑顔で幸せに過ごしている人を探して、成功体験として紹介してゆるい形でつながりができていくとうれしく思います。
個人情報の壁が高くなり、地域に認知症の人がいてもその情報を知ることは難しくなっています。つながりが希薄になっている中、アプリの利用が広がっていくことで、地域で自然に声をかけ合えたり、認知症の方が外へ出かけても大丈夫と思える社会になっていくといいなと思います。

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<上野友之先生 プロフィール>

JA茨城県厚生連・茨城西南医療センター病院 医師

筑波大学(平成13年卒)
日本内科学会認定医
日本神経学会専門医
日本リハビリテーション医学会専門医・指導医
日本障がい者スポーツ協会認定障がい者スポーツ医
日本体育協会公認スポーツドクター

リハビリテーション科科長や神経内科、もの忘れ外来を担当する他、筑波大学附属病院古河・坂東地域医療教育センターの講師としても活躍。
対話型・地域コミュニティ「医療と介護と福祉でつながる会@つくば〜もやもやをかたちに〜」を主宰し、「医療・介護・福祉」をテーマに様々なプロジェクトやイベントを企画・運営している。
HP:https://ikftsunagaru.wixsite.com/home